殺陣の誕生

舞台や映画、テレビドラマなどの時代劇などで、俳優が行う模擬格闘や武器を用いての模擬戦闘は「殺陣」といい、「たて」と読むとされています。この「殺陣」の語源は、江戸時代の歌舞伎において、戦闘のスタイルを「たて」と呼んだところから来ているとされているそうです。このように歌舞伎が原点ということもあり、殺陣の歴史というものは、長く歌舞伎特有の「様式美」を重んじたスタイルが主流だったとされているようです。つまり、実際の戦闘とは違い、動きが舞いのようにみえたりと言うようにリアリティが欠けていたと言われているようです。

その後、これを大胆に変え、殺陣の一世風靡を巻き起こしたとされるのが、新国劇の創設者であったと言われています。この大改革以降、殺陣はスピードとキレを増し始め、よりリアリティのあるものへと変身を遂げたと言われています。模擬刀での斬り合いや、チャンバラの流行というのも、この殺陣の改変があったからと言え、多くの俳優が殺陣により人気を博して言ったとも言われているようです。現代で日本刀を見る機会と言えば、博物館や美術館ですが、テレビで見る時代劇での日本刀は、より生きたイメージとして記憶や印象に残り、殺陣による日本刀の姿というものは、現代に残る「武士の魂」を呼び覚ます唯一のものなのではないでしょうか。殺陣の道場などに赴いてみると、講師は武士のように礼儀や作法といったものから熱心に指導していることがわかるでしょう。昔も今も、生活の中からは消えてしまった日本刀というものが「日本人」の人格形成や生活様式の中にはまだまだ色濃く残っていることが感じられるのではないでしょうか。歴史の発見とともに、殺陣の目覚しい発展にも注目してみると面白いのではないでしょうか。

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