鬼切丸と菊御作

重文として有名なのが鬼切丸と菊御作です。

鬼切丸は、京都北野天満宮に伝わる数多の刀剣の中で、時期の最も遡る作例です。
また、重要な神宝として所蔵され、源氏はこの刀を宝刀として大切に奉ってきたといわれています。
その名の由来については諸説ありますが、清和源氏の三代目にあたる武将・源頼光の四天王のひとり、渡辺綱が京都一条戻橋で鬼を切ったためという伝説が有名です。

もう一方の菊御作は、鎌倉時代に後鳥羽上皇によって作られた刀です。
23歳という若さで幼い親王に譲位し上皇として独裁的な院政を敷いた後鳥羽上皇は、刀剣に対する愛情は深く、諸国の万鍛冶を呼び寄せて好みの刀を打たせていました。
さらに所有する土地に鍛冶場を作り、藤次郎久国を師と仰いで、自らも刀を打つようになります。
その上皇が自ら作刀した作品が菊御作です。

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